きりりん『いもーと*もーど』
今更ですが、「少女天国」が改名して「ino」になったそうで。個人的には「姫盗人」と並んで好きな雑誌名だったんで、ちと残念ですなぁ。犬星先生を筆頭にロリの実力派が揃う砦として引き続き頑張って頂きたいです。さて、今回はきりりん先生の『いもーと*もーど』(ヒット出版社)のへたレビューです。二日続けてロリです、ハイ。
表紙の帯に「期待の大型新人登場!」とありますが、まさにその通り。登場する妹たちの可愛らしさと結構ヘビィなストーリーのギャップにやられました。
収録作は、意地悪な兄への思慕を胸に秘めつつ自慰にふける妹がある時その兄と体が入れ替わってしまって…な中編作「水仙の華の沼の淵」全3話、義兄に恋しちゃった少女を描く短編「おひざだっこ」+後日談1話、および短編3作となっています。
1作あたりのページ数は24〜32P。シナリオ展開や心理描写に十分な分量を割くと同時に、(短編では)エロの分量もしっかり確保してあります。
シナリオにしろエロにしろ、どっしりとした安定感・重厚さがあり読み応えがする作品集と言ってよいでしょう。
ディフォルメを効かしたロリプニ系の絵柄で描かれる少女たち(←参照)は、エロシーンは当然のこととして、日常シーンにおいても大変魅力的。真性な(笑)貴殿にはお勧めな絵柄ですよ!また、コミカルなシーンやエロシーンなどでの、喜怒哀楽に多彩な表情の変化は大変よく、妹たちの愛くるしさを巧く引き出しています。
帯には「萌える妹漫画」とありますが、明るい萌えエロ作品はせいぜい「おひざだっこ」くらい(この短編も多少シリアス要素が入っています)で、その他の作品は多かれ少なかれシリアスな要素を含むので注意が必要です。
社会的な孤立という代償を払って得た兄妹の結婚生活を描く短編「私が妹だったころ」、友人の兄に”その妹の代替”として抱かれる少女が登場する短編「わたしとあの子とあの子のお兄ちゃん」はかなりビターな話であり、人によっては鬱誘発剤となりえます。
純粋な愛情であろうと(←参照)、歪んだ性欲であろうと、その結果としての近親相姦が家族としての絆を傷つけ、不幸を引き起こすことがしっかり描かれます。中編「水仙の華の沼の淵」では方向性が大きく異なり、密かに兄を思う妹と、やはり妹を熱烈に愛する兄が結ばれる様子を丁寧に、そして暖かく描きます。
心と体が入れ替わって互いの愛情を理解する〜という筋自体はあまり珍しくはないですが、互いの心情のじっくりとした描写が説得力を高めます。
互いの容姿、想い、愛情の表し方など様々なものが複雑に入れ替わり、一つに交じり合って行く様なセックス(←参照)は読み手の心にじんわりと暖かいものが溢れます。あとがきによると、タイトル中の「水仙」が象徴する自己愛がテーマの一部とのことですが、それは「あなたが好きな自分が好き」というもので、純愛全肯定なものだと個人的には思っています。
エロシーンに関しては、ロリロリな少女たちが紅潮した顔で、ハートマーク付きの嬌声とお兄ちゃんという呼称を連呼。また、柔らかそうな肢体の中で、特に”土手”のぷにっとした質感が素晴らしくエロイです。
ロリ属性持ちならば買って絶対に損はないかと。ただし、中編「水仙の華の沼の淵」のみはストーリー上やむを得ないながら、最終話まで本番ナシというチャレンジングなことをしていますので、実用面ではやや劣ります。
ツンデレ(?)の演技練習中に大人しい少女が豹変な「ツン・トレ」のように、少女が責め側に回る(←参照)エロシーンの出来が秀逸で、M属性持ちとしては是非この路線の作品を増やしていただきたいと思いましたね。想い人と入れ替わる「水仙の華の沼の淵」、大人しく従順な性格と残酷で生意気な性格を行き来する「ツン・トレ」、妹としての存在と恋人としての存在の狭間で葛藤する「私が妹だったころ」など、今単行本で描かれる少女(妹)たちはいわば変化するものとして描かれます。
まるでナバコフの「ロリータ」のように、不定形で理解しがたく、残酷さと現実的思考を奥に秘め、しかし同時に儚げでいとおしい”少女という存在”が大変魅力的に描かれる作品集です。
「破滅こそがロリの真髄!」という剛の者には勿論お勧めですが、「ロリ娘とぽわぽわ幸せH(はあと」をご所望の貴公はシリアスさ・ビターさを受け入れられるかをよく考えてから購入を判断した方がよいと思われます。
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