もりしげ先生の初期作品に関しての一考察

今更ですが、僕はエロ漫画が滅茶苦茶大好きで、それ故へたれなレビューを書き連ねているわけです。勿論レビューを書かせて貰うことも含めて楽しんでいるわけですが、レビューを書く時には様々な意味で自分の内側とも向かい合う必要があると考えています。今回の作品群を読みつつ、足りない頭を色々と捻くり回したのもしんどかったですが、何より自分自身の黒い欲望と向かい合うのが一番大変でした。
というわけで、今回は普段とちょっと趣向を変えまして、もしりげ先生がエロ漫画家であった初期の3作『子供の森』『子供の森・完結編』(共にオークラ出版刊)、および『蹂躙』(桜桃書房刊)のざっくりとしたレビューです。まるで修飾する気が感じられない純粋な悪意が剥き出しの刃のようにギラついている作品集です。
このレビューも含めて、読まれることで不快感を覚える方もいると思いますので、ご注意ください。
最初期の作品を含む『子供の森』などでよくあるタイプのラブコメ作品(短編「見せてあげるよ!」など)もありますが、あまりに有名な未完の怪作「学校占領」シリーズ(←参照 『蹂躙』収録作「学校占領」第1話より)を始めとして、幼女・少女を対象とした苛烈な鬼畜凌辱劇がほとんどです。表現としての過激性ではもりしげ先生よりも上の作家様は結構いらっしゃるわけですが、もりしげ先生の作品群が示す淡々とした暴力性は凄まじいものがあり、読んでいて吐き気を催すような嫌悪感や怒りを覚える方もいると思います。
物語の最後まで少女に悪意と身勝手な欲望を叩き付け続ける後味の悪いラストか、冗談めかしたギャグ落ちを持ってきて読者の感情を逆なでするラストのどちらかであり、読者の抱いた悪感情を癒してくれる要素は皆無に近い感がります。
本作を含め、少女性愛の暴力性や非倫理性を読者に突き付ける作品というのは、真剣に読むのがなかなか辛いものです。
しかし、その苦い苦いテーマを作品に昇華させるため、多くのエロ漫画家さんが独特の作風・作劇のスタイルを磨いてきました。
町田ひらく先生の少女への深い尊敬の念と現実の堅牢さと汚れを纏わされる成人男性を描き出す静謐な作劇、山本雲居先生の独特のシステムに駆動される凌辱劇をブラックユーモアを絡めて描く作風、冴樹高雄先生の中途半端に汚れているのがむしろ現実的な凌辱者と意外なほど深い少女への愛を紡ぐスタイル、あわじひめじ先生の皮肉に満ちたシナリオと練りに練った設定が築き上げる攻撃的なスタイルなどなど、それぞれが魅力的であり作品としての完成度を高めています。
ところが、もりしげ先生には一つの作品として整合性を整えたりテーマ性を設けようとする意図が、平均的にかなり短いページ数もあってあまり感じとれません。決してプロットが破綻しているわけではなく、シナリオラインも練られている作品も多いのですが、何かぽっかりとした空白が作中を覆っているように感じるのです。
明らかに非常識な倫理観を持ち、凌辱に臨んで不快な笑みを浮かべる男性達が(←参照 『子供の森』収録作 短編「ヲカエリ」より)、何の罪もない、か弱い少女達の心身を蹂躙する様を激しく一太刀浴びせるように読者に叩きつけて、劇終へとばっさりと導く構成の攻撃性は大変なものです。僕程度が生意気を言って申し訳ないのだが、『子供の森・完結編』に収録されている評論家・柳下毅一郎氏の「作中の男性に性的欲求を見出せない」という意の評に完全に賛成することは出来ません。
勿論、例えばオイスター先生の一部の作品がその代表例だと思うのですが、凌辱者が性的欲求を皆無なのに苛烈な凌辱を行う様は非常に禍々しく、狂気性をまざまざと見せつけます。
ただ、僕は『子供の森』に収録された短編「もりしげの唄」の一コマ(←参照 “みんな”とは読者)で変に確信してしまったのですが、おそらく作中の男性は性的欲求を持っていないのではなく、その欲求とその発露である性行為を我々に魅力的に見せる気などないのだという挑発的な存在として表現されているように感じます。その現実離れした存在として描かれる男性陣は、非常にピュアな“悪”です。そして、それはもりしげ先生自身の凶悪な欲望を委ねられているように感じられるのです。
作品について、もりしげ先生自身が「僕がいかにギクシャクしながら生きてきたかの証明」と述べられているように、凶暴な成人男性達が弱弱しい少女を徹底的に嬲る惨禍は、まるで抑えきれない“負”の感情が心中に同居する“正”の感情を無惨に駆逐する様を示すかのように僕の目には映ります。
おそらく暗黙の内に認めてしまっている自分自身の良心・美徳のあまりの弱さ、人の心の脆さ(←参照 『子供の森・完結編』収録作 「GR2」より)を暗示するものとしての凌辱劇であるため、ドス黒い欲望と絶望の沼底に少女達が飲み込まれていく様子はとてつもなく哀しいものがあります。そして、上述の作品を支配する寂寞たる空白感は、それ故に読者の意識を呼び込み、読んでいる過酷なシーンが我々自身によって駆動されているかのような不快感を呼び起します。
それは読者各自で深く静かに己を見つめ返す機会を与える端緒でもあるのですが、作者の葛藤をそのまま持ち込みかつそれを悪びれもしないかのような挑発性は、これまた剥き出しの反発か賛美かを要求してくる皮肉さが感じられます。
この攻撃性・挑発性を生み出したであろうもりしげ先生の精神的葛藤が如何なるものであったかは僕には分かりませんが、それが分からない故にこの作品群は読み手の感情を良くも悪くも沸騰させる“触媒”なのではないかと思うのです。
抜き的には『子供の森・完結編』が絵の水準が最も高く、エロシーンへの踏み込みが強めなので最善ですが(個人的には同単行本収録の「犬運動会」のシニカルさが大好き)、上述のどす黒さを理性を保って受け止め咀嚼できる(またはする意志のある)方のみ実用的読書を楽しめるでしょう。
少女の悲嘆と絶望に暮れる表情(←参照 『子供の森』収録作 短編「もりしげ節」より)に精神的に耐えられるかというのが抜き的に使えるかの分かれ道ですが、おそらく大抵の方は難しいと思います。エロを魅せようという意図もあまり感じられない上に量もあまりありません。『こいこい7』(秋田書店)の終盤を読む限り、もりしげ先生の“悪感情”が今でもたまに暴走してしまうのかなぁとか思ってしまうのですが、その辺りは僕の守備範囲ではないので書きませんというか書けません。
どの作品も手放しで誉めることは決して出来ないのですが、その作者自身の血がこびり付いている抜き身の刀の如き凶悪な攻撃性は間違いなく稀有なものです。
何を以てお勧めするのか、そもそもお勧めするべき作品なのか、何回読み返しても判然としないのですが、そこも含めて作品と、出来るならば自分自身とを顧みて欲しいなと思います。おそらくこの作品への侮蔑の山はある意味この作品の勲章なのでしょうが、決して罵倒されるだけの作品でないと書き添えておきます。
もうですね、ササナミさんに「僕(もりしげ作品の)レビュー書きますよ」と大した能力もないくせに放言してしまい、その後延々読み返しては書けない書けないと頭を抱えていたのですが、一応自分の考えをまとめられてちょっと肩の荷がおりました。というか、『子供の森』中の一文も含めてレビュアー泣かせな作品群でしたなぁ。
というわけで、このへたレビューは背中を押してくれたササナミさんに特に感謝を込めて捧げさせて頂きたい。
勿論、この文章的な意味でもしんどいレビューを最後まで読んでくれた読者諸氏にも、いつも以上の感謝を表します。
コメント
感謝です。
どういたしまして
こう、未だ頭の中にモヤモヤが残っている印象がありますので、真っ当なレビューが果たして書けているのかが自分でもよく分からないのですが、ササナミさんにこうも誉めて頂けると書いて良かったのかなぁと思えてとても嬉しいです。
まぁ、こういうレビューを書いた次の日に草津てるにょ先生の描く人妻サイコー!とか書いてるよく分からんレビュアーの記事が、ササナミさんのもりしげ先生レビューの後押しになれたならばこれ幸いです。
レビュー楽しみにしておりますが、ご無理をなさらずに。ワクワクしながら気長に待っております。
まぁ、こういうレビューを書いた次の日に草津てるにょ先生の描く人妻サイコー!とか書いてるよく分からんレビュアーの記事が、ササナミさんのもりしげ先生レビューの後押しになれたならばこれ幸いです。
レビュー楽しみにしておりますが、ご無理をなさらずに。ワクワクしながら気長に待っております。
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もりしげ先生の作品群については色々と考えることが多いものの、特にこの初期の成人向け作品については考えが纏まらず歯痒かったのですが、少しつかえが取れたような気がします。
特に、「作中の男性に性的欲求を見出せない」という評には私も漠然と違和感を感じていたのでへどばんさんの解釈は目から鱗モノでした。
他にも色々と語りだすと長くなってしまいそうなのですが、ここで場所をお借りするよりは自分も及ばずながらもう少し深く考えてレビュー記事を纏めてみようと思います。
もりしげ先生のファンとしても、へどばんさんのレビューのファンとしても心から感謝しています。どうも有難うございました!