あわじひめじ『辱育』
出先で頂いたキャラメルを食べていたら歯の詰め物が取れ、入れ直して貰おうと歯医者に行ったら新たな虫歯が見つかる始末。今年親知らずを抜かれて以来、歯磨きはしっかりしていたつもりだったんですけどね(泣。
さて本日は、あわじひめじ先生の『辱育』(茜新社)のへたレビューです。表紙も凄まじいですが、裏表紙はもっと無惨な感じですよ。
剥き出しにされた歪んだ性欲が年端もいかない少女達へと残酷に叩き付けられる超攻撃的なロリ凌辱を描く作品集です。
当レビューも含めて不快感を覚える方もおられることと思いますので、苦手な方はご注意ください。
収録作は、不良少女の更生・指導という名目で強姦と性的調教を行う亜久津臨海女学院に入学させられた姉妹が苛烈な凌辱劇に性奴隷へと貶められていく中編作「亜久津輪姦スクールへようこそ!」全5話(←参照 妹を必死で庇う姉 第1話より)+描き下ろしの後日談掌編(4P)、および短編5作。各作品についての非常に細かい設定資料が幕間に掲載されています。1作・話当りのページ数は8〜24P(17P強)と平均以下の水準ですが、内容がかなりヘビィで後味も猛烈に悪い作品も多く、良くも悪くも心中に足跡を強く残すタイプであることは間違いありません。
各作品で描かれるのは一桁〜ミドルティーン(小○生高学年クラスがメイン)の幼・少女達が醜悪に描かれる男性達に徹底的に凌辱される様が描かれます。その非道な行為では女児側の快楽は完全に無視されており、肉体的・精神的苦痛とに泣き叫ぶ様はぺドフィル的欲求の暴力性をまざまざと見せつけます。
途中でレイプはあったけど最終的にはハッピーエンド♪などというご都合主義な甘えも一切なく、苦痛と恐怖に精神が焼き切れ(←参照 身勝手な親の代理として復讐される少女 短編「裸の給食」より)、終劇後にも確実に残るであろうトラウマさえも伺わせるドス黒いラストに持っていきます。中編「亜久津輪姦スクールへようこそ!」のように最終的に性奴隷として快楽に溺れる場合も一応ありますが、その様子が一見幸福そうでエロティックであるからこそ、その痴態はとてつもなく悲惨だと僕は思うのです。
鬼畜ロリを描く先生方にはそれぞれのスタイルがあり、町田ひらく先生なら大人の歪みをその体に蓄積し腐熟させていく少女を丹念に描き、山本雲居先生ならロリ鬼畜の強烈な毒気をコメディに包んで描き、(初期の)もりしげ先生なら凌辱者の狂気の欲望の内側へと沈み込んでいくかのような凌辱行為を描くように僕は感じています。
あわじひめじ先生の場合、給食費未払い問題、親による性的虐待、戸塚ヨットスクール事件などの各種教育問題の盛り込みや作品に添えられた膨大で緻密な設定が暗示するように、描かれる凌辱劇はまるでその惨禍と惨禍を引き起こす欲望が世界の何処かで確実に存在するものであるかのように思わされます。
女児に対する性的暴行そのものをまごう事なき蛮行として描きつつ、そういった悲劇が厳然としてこの世界に存在すること、それを引き起こす性欲の根源的な暴力性と醜悪さ、そして少女への性的暴行を取り巻く家庭・社会環境の悲しいまでの浅ましさ(←参照 少女の失踪を報道するニュース 短編「子供たちの安全を嬲るために!」より)を力強い反骨精神に溢れた筆致で描き出しながら、それ故に読者さえ傍観者でいることを許さないかのような非常に挑発的で好戦的なスタイルを取っています。強要系のロリエロ漫画で適当に抜きたい程度の心構え(それが悪いわけではないですよ)でこの単行本を購入した場合、精神的にかなり落ち込むかまたは作品と作者に対して怒りを覚える(覚えさせられる)かの可能性が高いので要注意。
上述の作品が持つ強烈さをしっかりと受け止められるロリ鬼畜好きの貴兄に限っては、今単行本は極上の抜き物件。
やや頭でっかち過ぎるボディデザインが賛否を分けそうですが、少女の肉体の華奢さがしっかりと出ておりそれが無残にも嬲られる様は嗜虐欲を燃え上がらせます。
姉妹や友人同士を同時に凌辱して互いを精神的な枷としたり、苛烈な凌辱から逃れる一抹の希望を与えてそれを無情に叩き潰す残酷なエロ展開や性具を含めた各種ギミックの利用の巧さは一級品。
なお、欲望の権化である男性陣は非常に醜悪に描かれること(←参照 中編「亜久津輪姦スクールへようこそ!」第4話より)は人によってはマイナス要因でしょう。個人的にはやたらと説明臭い台詞が画面を踏めているコマが多いのがちょっと萎えてしまいます。というか全般的に折角の大量の設定をシナリオに全部入れることが(どう考えても)出来ないことによる皺寄せがちょっと生じている感はあります。欄外の説明は面白いですが、漫画として描く上で欄外に頼りすぎるのは如何なものかとは思います。幼い性器を目一杯押し広げられ、溢れるほど大量の白濁液を何発も中出しされるアグレッシブな射精シーンに重点が置かれ、年齢によっては望まぬ妊娠さえ描かれます。結合部描写や膣内描写の魅せ方は素直に上手いと思うのですが、個人的には折角のダイナミックな構図に入る透過図はやや違和感を覚えます。
痛みと苦しみが上げさせる少女の絶叫と成人男性の腕力によって拘束され捻じ込まれる華奢な肢体とにサディスティックな欲望を満たせる貴兄にはお勧めです。
敢えて読者が感情的になる様に創られている感のある本作ですが、一旦作品から離れて冷静になってから評価して頂きたいと一エロ漫画愛好家としてお願い致します。
それでもこの作品が嫌いだという貴兄を僕は尊敬します。是非、その悪徳を憎む心を大切にして、愛せる作品を心から愛して頂きたいと願います。
冷静になってもこの作品が好きだという貴兄も僕は尊敬します。自身の性欲と向き合うことができ、そしてこの作品も含めたエロ漫画を愛せるなら、自身と他者を傷つける行為に走ることなどあなたの想像力の翼こそが許さないはずです。
ただ、こういった作品が無くなってしまえばいいと思う人を僕は軽蔑します。描かれる悪徳とそれすら内包する人間性の奥深さを否定するのならば、それは前者と後者のそれぞれの人間に恥じるべき、虚飾の正義と想像力を欠いた傲慢でしかないでしょう。
このような過激で無残なエロ漫画が人によってはちゃんと疎まれ嫌われながらも、確固として存在し続けることこそが真の健全さなのではないかと僕は思うのです。
そういった意味でも、沢山のエロ漫画の中で、ある意味輝いている作品だなぁと思います。
コメント
相も変わらずヘタクソな手書きの後書きに込められた作家『あわじひめじ』の気概に涙し、現代の魔女狩りだけは絶対に阻止して欲しいと心より願いつつ。
コメントありがとうございます
”殴り込み”をして頂けるということでどのようなのが来るのか楽しみにしておりましたが、いつもながらの痛快で丁寧なコメントをありがとうございます。
このコメントを多くの方に読んでもらいたいなぁと心底思うのですが、どうしたものやら。
個人の好き嫌いについてのご意見は全く同意です。その好き嫌いを正義だと思って喚き散らす方が政治の中心の一部を含めていらっしゃるというのが何とも悲惨ですなぁ。
>表紙だけでは判断不能な成コミの中身の本質を提示して、要不要の判断を個々に委ねるべく『へどばん殿下』が存在するのだ。
何とも力量不足ではありますが、その役割を全うすべく頑張りたいものです。
やはり、全ての人に合うエロ漫画というものは無いですし、その判断材料を与えるレビューを書きたいです。
このコメントを多くの方に読んでもらいたいなぁと心底思うのですが、どうしたものやら。
個人の好き嫌いについてのご意見は全く同意です。その好き嫌いを正義だと思って喚き散らす方が政治の中心の一部を含めていらっしゃるというのが何とも悲惨ですなぁ。
>表紙だけでは判断不能な成コミの中身の本質を提示して、要不要の判断を個々に委ねるべく『へどばん殿下』が存在するのだ。
何とも力量不足ではありますが、その役割を全うすべく頑張りたいものです。
やはり、全ての人に合うエロ漫画というものは無いですし、その判断材料を与えるレビューを書きたいです。
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度重なる乱入御免。
でもって、殿下のレビューに感動した者のひとりとして、この素晴らしいレビューに敬意を払うとともに、いきなり本題。
さて世の中には様々のタイプの人間がいるわけだけど、当前ながら皆、それぞれの『好き』と『嫌い』をもっているわけで、だから当然のごとく『好き』と『嫌い』は他者にも及び、人が社会生活を営む上で、家庭とか学校とか会社とか町内会とかいう集団内での日々日常的な人付き合いさえ支障をきたすほど、その『好き』と『嫌い』が当事者の固定観念になってしまっている人も、実際問題としてすでに老人の域に近い私は星の数ほど多く遭遇してたりするわけだけど。
『好き』と『嫌い』というレベルが脳内だけで鬩ぎ合ってくれている分にはまだ支障なくても、ことそれが他人や他人の考えすらをも排除しようとするところまでくると、まったくもって始末に負えない。
他人の考え方や、その在りようまでが気にくわない人間は、時として集団内で他者の悪口を散々ぶちまけたりした挙げ句、終いには誰からも本気で相手にしてもらえなくなるのが常だけど、そういう凝り固まってしまった人間に限って自分の信念こそを正義だと思っているので、いっかな改心などするはずもなく、自らの毒だけを撒き散らすのである。
さておき、私は戦争映画が好きだ。
それはコメディーとしておもしろおかしく茶化したものから風刺がピリリと利いたものまで、エンタメから悲惨な実録ものまでこよなく愛していると言っても過言ではないが、できることなら戦争には参加したくないと常々思っている。当たり前だけど自分の手を汚したくないからである。戦時下では人を殺すことが正当化され、敵兵を前にして逃げ出す者は犯罪者として裁かれるわけだけど、倫理と正義の狭間で苦悩するよりは、お気楽安易に生きたいと思っているからだ。
でも、明日闘わなくてすむという保証はどこにもないし、手を汚さずに愛すべき人を護れる保証もどこにもない。
そして、本当の惨劇にぶち当たってはじめて人は恐怖や慟哭の意味を知るのだ。
全ての人間が戦争の悲惨さを知り尽くしているわけではない現代社会に、戦争は悪いことだから戦争映画は排除すべきだという過激論者が存在したとしても別段不思議ではないし、それは至極当然なひとつの意見でもある。
さて、問題。
戦争映画はリアルで生臭いからと禁止したとして、では漫画ならいいのか。漫画もダメなら小説ならば許されるのか。小説もダメなら教科書の数行で終わりなのか。そんなもので本当に戦争の悲惨さを理解させることができるのか。
日本の法律は穴だらけでどうしようもない問題が山積みだけど刑法177条の生ぬるさもまた然りである。
個人的な意見だけで言わせてもらえば、強姦は未遂でもすべからく死刑であって然るべきだと思っている。いっそのこと些末な法律違反者を全員死刑にしてしまえば、ものの数年で人類は滅亡し、地球も青く清浄な惑星としての自らの生命を全うできるであろう。
無論、極論であるけど、二次元の法こそをきっちり整備するべきだと思う。
ともあれ、強姦の悲惨さを伝えられる漫画すら排除しようとするなら、代わりは何に求めればよいのか。
二次元エロ漫画世界に軽い凌辱系の作品を好む方は意外に多いけど、ストレートな強姦系を好む方はやはり少ない。物語がリアルならリアルなほど、そこにある惨劇は拡大され、惨劇慣れしてない読み手の良心をほじくり返し、胸が痛むからだ。
表紙だけでは判断不能な成コミの中身の本質を提示して、要不要の判断を個々に委ねるべく『へどばん殿下』が存在するのだ。
そして、ひとりひとりが納得して、作品を選べばよいだけの話だ。
『個人的に好きか嫌いか』『個人的に要か不要か』だけで充分であろう。
ともあれ、この本のありのままの意味を伝えてくれた殿下の熱筆に百万の感謝を。
殿下流に言わせてもらえば胡乱なことを書いたけど、本音は二次元と三次元をきっちり分けられる方へならぜひチャレンジして欲しい逸品である。まあ、中編の方はほとんど過去に出尽くしたものと代わり映えしなかったけど、ここ数年このタイプの作品がめっきり減ってしまったため最近の読者なら問題なかろうし、短編の方は凄絶でミゴトであった。まあ、『火垂るの墓』のような胸糞悪さは当然付きまとうけど。
さらに物騒ながら本音を言えば、ボロボロにされる少女たちを強姦した野郎どもが、かの『マザーグース』みたいに返り討ちにあっていればなおステキだったのだけど、縛りだらけのLOなのでそれは無理というものだし、ヒネリも何も無く、救いの神が現れなかったからこそ、ストレートに酷さを提供できたというのがいちばん大きい。
最後に『あわじひめじ』に関してひと言。
誰もが尻込みするようになってきたロリ強姦系というニーズに応える最後の砦的実力派な方だけど、本当は凌辱系でもオチャメな味付けにこそ真価を発揮する物語派で、シリアスラブドラマでもステキな作品を描ける方だし、前述の『マザーグース(単行本未収録)』をはじめ2冊目『泡姫殿』にはとっても不謹慎なハムスター同士の強姦物語とか、強姦相手をボコボコにする女の子とか、百合な女の子が魔法生物と戯れるSFファンタジーポエムの名作『PIKUTIN』とか、オバカでステキな作品が盛りだくさんだったり、4冊目『倭姦』には鬼同士の純愛ドラマ『ヌいた赤鬼』とか、人間と忍犬の恋物語『ミミズ千匹発情犬のまん』とか、恋人たちの空間をさりげなくあったかく魅せた『ラジオのじかん』『ゴミ箱恋愛協奏曲』とか『あひるのひな。』とか、極私的な宝物が目一杯詰まってたり、5冊目『精性魔装オルガーナ』は、まあ構成力が若干問題アリなため中編2編の完成度はともあれ輝きは充分あるし、特に短編『眠れる森の妖精』は滅茶お気に入りだったりするとか、原稿の余白で用語を解説してくれたり、作品解説なオマケは当然のごとく提供してくれるうえ、本作も設定資料がてんこ盛りだったりと、まずファンありきな方であると、ひと言じゃ納まらなかったけどちょこっと弁明させていただきましたが、戦争映画の制作者が悪人ではないことと等しく少女強姦漫画を描く著者もまた悪人でないということだけは、へどばん殿下のファンな方ならすでにきっちりわきまえてくれてると確信しつつも、お節介ながら念押しさせていただき〆
度重なる乱入行為の非礼を詫びつつも、またきっと殴り込みをかけるだろうなと反省の色がまったくみえない己に呆れつつ。
文責:天然猫肉汁アリス缶詰