善悪の此岸から一エロ漫画愛好家より
エロ漫画のへたレビューをしているせいもあって、僕は普段からエロ漫画とかそこに描かれる性愛についてどうしようもない事をぐだぐだ考え続けているわけです。
大抵、ぐだぐだな考えのまま脳味噌の片隅に死蔵させてしまうのですが、過冷却水が物理刺激で一気に氷結する様に、人様の素晴らしい考察に出会うと、まぁ、ゼリーぐらいの固さには自分の考えがまとまります。
ボケッと考えていたことが、たまごまごさんの記事を読んで一応整理が付いたので、ちょっと書いてみようと思います。
記事の完成度は、先方様が月で当方がスッポンなのは気にしないで頂けると嬉しいです。
僕はロリエロ漫画も大好きですが、二次元ロリエロが描かれること、それを楽しみ愛好することはどうしても歪みや汚れを伴うことだと思っています。
というか、鬼畜・陵辱エロから純愛エッチまで全てのエロには必ず汚れている部分があると思っています。
勿論、美しい側面や崇高な側面もありますが、どんなジャンルにしても汚いだけのファンタジーも美しいだけのファンタジーも存在しないはずです。
人の暗い欲望が吹き荒れる陵辱劇の中にも純粋な思いは宿りますし、心を打つ誠実な純愛劇の中にも暗い情念が宿り得るでしょう。それは、善と悪の比率の差異でしかなく、どちらにも醜い部分は存在すると個人的には考えます。
僕は、「ファンタジーだから穢れている」などと言いたいのではないのです。
“現実”と“幻想”は決して分裂しているものではなく、通底している存在です。幻想から隔絶したソリッドな現実も、現実性を放棄した幻想も、それこそが妄想の産物に過ぎないでしょう。
ファンタジーが歪みや汚れを抱えるのは、とりもなおさずその写し鏡である現実そのものも汚れている部分を持つからに他ならないからではないでしょうか。
そして、その現実を生き、そこにある物で自身を構築してきた我々自身もまた清と濁が不可分に混ざり合った存在です。
ほとんど穢れの無い光り輝くファンタジーであろうと、それを掴み咀嚼する我々の手と口が既に汚れを持っている以上、純粋な善というのは決して味わえないと思うのです。
先ほどから、歪みとか汚れとかネガティブなことを書いていてエロ漫画愛好家の自分自身が心苦しいのですが、それはファンタジーの性愛の否定では決してありません。
エロ漫画として描かれる性愛に汚れや歪みがあることを認め、その上でそれを味わい楽しむなり捨てるなりを自分で決定することは、その存在に対する真摯な肯定です。
では、その清濁併せ持つ性愛の否定は何なのかといえば、それはそこに穢れた存在だけしか認めないこと、または清い存在だけしか認めないことだと思います。
エロ漫画を汚いのみの存在として否定する人達は、正義とか道徳といった非常に真っ白な旗印を掲げています。その真っ白な旗は、汚れと清さが混じりあった現実を経験していない故に純潔なのであって、我々が生きるこの美しくも醜い世界でそのような旗を掲げることこそが汚辱に塗れているのではないでしょうか。
ファンタジーとしてのエロを綺麗なものとしてのみ全肯定する人も(あまりいないと思いますが)、その対極に過ぎないと思うのです。
それらは、描かれる性愛、そしてそれと必ずつながっている人の性愛・感情の多様性をあまりに単純化しすぎています。
決して大げさな表現ではなく、それは広大な現実と多様な幻想を併せて生きていける人間の存在に対する冒涜です。
エロ漫画だけでなく多くの表現形態を愛する人にとっても同様だと思いますが、人間が人間を描くときにそこに善も悪もあることを認め、その歪みを引き受けることは、そのジャンルを愛する人間にとって一つの義務だと思うのです。
一人のエロ漫画愛好家として僕がすべきことは、描かれる悪徳の側面を美徳に虚飾することでもなく、「自分は汚れている」と内に篭りペシミスティックな敗者の美学を反芻するのでもなく、ましてや妄想じみた自称“正義”側に転向することでもないでしょう。
エロ漫画の中にある汚いもの、歪んだものをあるがままに引き受けて、その悪徳から何か良いものを創り出そう、考え出そうと努力を続けることこそ、僕がエロ漫画を愛するために必要だと思うのです。
今後も生きていく中で、現実世界と幻想正解の中で経験するだろう多くの物事が既に汚れ、自分自身もそれなりに歪んでいようと、材料と装置がそれしかない以上、悪から善を作り出す以外に道はないのです。
自分が好きなもの、自分に多くを与えてくれるものに汚点を見出すのは苦痛です。
しかし、「汚れを認めつつ愛する」という歪みを保持し続けなければ、そこから何かが生まれてくることはないと思うのです。
エロ漫画が大好きな人間として、僕は決して善悪の彼岸に行ってはならず、苦しみながら善悪の此岸に留まらなければならない。
そこに留まらんとする僕が頂く旗印は汚れきっていますが、その汚れ、人間とその性愛の奥深さを物語るその汚れこそ、僕にとっては誇りであり、排他的な正義や倫理に彩られた真っ白な旗印よりも何倍も優美だと信奉しています。
たまごまごさんは善悪の判断の“分かれ道”と書かれたわけで、それに対して「その真ん中の藪を突っ切ります」と答える、何とも間の抜けた意思表明ではあります。
ただ、まぁ、残念ながらと言うべきか、それしか僕には出来ないのです。
最後に一つ夢を言わせて頂けるなら、この藪の中の道がエロ漫画がエロ漫画としてあり続ける平和な世界への道に何処かでつながっていることを発見できたならいいなぁと思っています。
全てのエロ漫画とそれを愛する全ての人に心よりの愛と敬意を込めて
へどばんより
大抵、ぐだぐだな考えのまま脳味噌の片隅に死蔵させてしまうのですが、過冷却水が物理刺激で一気に氷結する様に、人様の素晴らしい考察に出会うと、まぁ、ゼリーぐらいの固さには自分の考えがまとまります。
ボケッと考えていたことが、たまごまごさんの記事を読んで一応整理が付いたので、ちょっと書いてみようと思います。
記事の完成度は、先方様が月で当方がスッポンなのは気にしないで頂けると嬉しいです。
僕はロリエロ漫画も大好きですが、二次元ロリエロが描かれること、それを楽しみ愛好することはどうしても歪みや汚れを伴うことだと思っています。
というか、鬼畜・陵辱エロから純愛エッチまで全てのエロには必ず汚れている部分があると思っています。
勿論、美しい側面や崇高な側面もありますが、どんなジャンルにしても汚いだけのファンタジーも美しいだけのファンタジーも存在しないはずです。
人の暗い欲望が吹き荒れる陵辱劇の中にも純粋な思いは宿りますし、心を打つ誠実な純愛劇の中にも暗い情念が宿り得るでしょう。それは、善と悪の比率の差異でしかなく、どちらにも醜い部分は存在すると個人的には考えます。
僕は、「ファンタジーだから穢れている」などと言いたいのではないのです。
“現実”と“幻想”は決して分裂しているものではなく、通底している存在です。幻想から隔絶したソリッドな現実も、現実性を放棄した幻想も、それこそが妄想の産物に過ぎないでしょう。
ファンタジーが歪みや汚れを抱えるのは、とりもなおさずその写し鏡である現実そのものも汚れている部分を持つからに他ならないからではないでしょうか。
そして、その現実を生き、そこにある物で自身を構築してきた我々自身もまた清と濁が不可分に混ざり合った存在です。
ほとんど穢れの無い光り輝くファンタジーであろうと、それを掴み咀嚼する我々の手と口が既に汚れを持っている以上、純粋な善というのは決して味わえないと思うのです。
先ほどから、歪みとか汚れとかネガティブなことを書いていてエロ漫画愛好家の自分自身が心苦しいのですが、それはファンタジーの性愛の否定では決してありません。
エロ漫画として描かれる性愛に汚れや歪みがあることを認め、その上でそれを味わい楽しむなり捨てるなりを自分で決定することは、その存在に対する真摯な肯定です。
では、その清濁併せ持つ性愛の否定は何なのかといえば、それはそこに穢れた存在だけしか認めないこと、または清い存在だけしか認めないことだと思います。
エロ漫画を汚いのみの存在として否定する人達は、正義とか道徳といった非常に真っ白な旗印を掲げています。その真っ白な旗は、汚れと清さが混じりあった現実を経験していない故に純潔なのであって、我々が生きるこの美しくも醜い世界でそのような旗を掲げることこそが汚辱に塗れているのではないでしょうか。
ファンタジーとしてのエロを綺麗なものとしてのみ全肯定する人も(あまりいないと思いますが)、その対極に過ぎないと思うのです。
それらは、描かれる性愛、そしてそれと必ずつながっている人の性愛・感情の多様性をあまりに単純化しすぎています。
決して大げさな表現ではなく、それは広大な現実と多様な幻想を併せて生きていける人間の存在に対する冒涜です。
エロ漫画だけでなく多くの表現形態を愛する人にとっても同様だと思いますが、人間が人間を描くときにそこに善も悪もあることを認め、その歪みを引き受けることは、そのジャンルを愛する人間にとって一つの義務だと思うのです。
一人のエロ漫画愛好家として僕がすべきことは、描かれる悪徳の側面を美徳に虚飾することでもなく、「自分は汚れている」と内に篭りペシミスティックな敗者の美学を反芻するのでもなく、ましてや妄想じみた自称“正義”側に転向することでもないでしょう。
エロ漫画の中にある汚いもの、歪んだものをあるがままに引き受けて、その悪徳から何か良いものを創り出そう、考え出そうと努力を続けることこそ、僕がエロ漫画を愛するために必要だと思うのです。
今後も生きていく中で、現実世界と幻想正解の中で経験するだろう多くの物事が既に汚れ、自分自身もそれなりに歪んでいようと、材料と装置がそれしかない以上、悪から善を作り出す以外に道はないのです。
自分が好きなもの、自分に多くを与えてくれるものに汚点を見出すのは苦痛です。
しかし、「汚れを認めつつ愛する」という歪みを保持し続けなければ、そこから何かが生まれてくることはないと思うのです。
エロ漫画が大好きな人間として、僕は決して善悪の彼岸に行ってはならず、苦しみながら善悪の此岸に留まらなければならない。
そこに留まらんとする僕が頂く旗印は汚れきっていますが、その汚れ、人間とその性愛の奥深さを物語るその汚れこそ、僕にとっては誇りであり、排他的な正義や倫理に彩られた真っ白な旗印よりも何倍も優美だと信奉しています。
たまごまごさんは善悪の判断の“分かれ道”と書かれたわけで、それに対して「その真ん中の藪を突っ切ります」と答える、何とも間の抜けた意思表明ではあります。
ただ、まぁ、残念ながらと言うべきか、それしか僕には出来ないのです。
最後に一つ夢を言わせて頂けるなら、この藪の中の道がエロ漫画がエロ漫画としてあり続ける平和な世界への道に何処かでつながっていることを発見できたならいいなぁと思っています。
全てのエロ漫画とそれを愛する全ての人に心よりの愛と敬意を込めて
へどばんより
コメント
世界の端っこでエロを盲愛する、の巻。
No title
まず第一にお返事遅れて申し訳ありません。
熱量溢れる言説に応えるにもまた熱量が必要であって、ここ数日そこまでの余力がなかったということです(汗。
まぁ、この信念に関しては変更する気がさらさら無い上に、互いに前提を異にしている以上水かけ論にしかならないだろうと思うので、細かい再主張は致しません。
ただ、僕は“生きてきた過程に於いて学んだ自らの道徳観念”に基づいて“善悪”の判断を持ち込んでいるわけです。
その“善悪”の判断が時代・社会に大きく影響されているのは確かですが、作品も読み手も社会的な善悪の枠組みから影響を受けると思います。
問題はそれはあくまで影響であって絶対の基準でないことを意識しない人が多いことと、それへのカウンターとして影響そのものを否定する人がいることだと考えている訳です。(後者に関してはアリス缶詰さんは念頭に入れていなかったのですが、不快に思われたなら申し訳ないです)
以前も書きましたが、一般的に悪徳と思われるものを僕は悪徳として楽しみます。そこで理屈をこねて「いや、これは美徳だ」というのでなく「間違いなく悪徳だけどそこから生まれる美徳がある」と言いたいわけです。
お互い、エロやモラルに関する見解は大体共通していると思うのですが、何というか、アリス缶詰さんの断言を受け入れるだけの素地が僕にはないのかなと。
最後の文章は本当にその通りで、嫌な時代だなぁとしみじみ思います。
かくの如き胡乱な内容、責一に不才にあり
へどばん
熱量溢れる言説に応えるにもまた熱量が必要であって、ここ数日そこまでの余力がなかったということです(汗。
まぁ、この信念に関しては変更する気がさらさら無い上に、互いに前提を異にしている以上水かけ論にしかならないだろうと思うので、細かい再主張は致しません。
ただ、僕は“生きてきた過程に於いて学んだ自らの道徳観念”に基づいて“善悪”の判断を持ち込んでいるわけです。
その“善悪”の判断が時代・社会に大きく影響されているのは確かですが、作品も読み手も社会的な善悪の枠組みから影響を受けると思います。
問題はそれはあくまで影響であって絶対の基準でないことを意識しない人が多いことと、それへのカウンターとして影響そのものを否定する人がいることだと考えている訳です。(後者に関してはアリス缶詰さんは念頭に入れていなかったのですが、不快に思われたなら申し訳ないです)
以前も書きましたが、一般的に悪徳と思われるものを僕は悪徳として楽しみます。そこで理屈をこねて「いや、これは美徳だ」というのでなく「間違いなく悪徳だけどそこから生まれる美徳がある」と言いたいわけです。
お互い、エロやモラルに関する見解は大体共通していると思うのですが、何というか、アリス缶詰さんの断言を受け入れるだけの素地が僕にはないのかなと。
最後の文章は本当にその通りで、嫌な時代だなぁとしみじみ思います。
かくの如き胡乱な内容、責一に不才にあり
へどばん
コメント感謝です&毎度ながら言葉足らず御免。
今回もまた、配慮不足で、嫌な思いをさせてしまったことと、余計なお気遣いまでさせてしまったことに、心からお詫びを。
この記事を読んだ瞬間、沸き上がってきた感動を、自分なりに消化して(したつもりで)心のままに書いたら、あらあら不思議と、こんなんになっちゃいました、御免なさい。
へどばん殿下の、個々の作品への想いや、エロ漫画読みとしての姿勢や、はたまたご多忙にもかかわらず送ってくださるメールでの感想等々で、私は、その根源的に異なる部分にこそ、自分を見つめ直す好き師として思いっきり崇拝させていただいているのですが、今回は、私の変わり者ぶりを披露するつもりが、完全に言葉足らずだったようで、本意ではないとはいえ結果として殿下を傷つけてしまったことに対して、懺悔の言葉もございません。
ホントに御免なさいです。こういう文章しか綴れない自分にマジでムカツイテ、ちょっと自己嫌悪。
もし自分に法を定める権利があるなら『エロは正義』だと説く、ということと、二次元を狭い了見で弾圧するな!ということを、言いたかっただけで、善悪の価値基準に対しての考え方自体は全くもって殿下と同様だったのですが…。
文面を拝見した感動と興奮で先走り、混乱を招くような、不親切で意味不明な文章を綴ってしまい、穴があったら入りたい気分ですが、おいらの入れるサイズの穴ボコはちょっとないなあ…。
ひとのことをとやかく言うまえに、稚拙すぎる自分自身を先ずはなんとかしなくては、ですね。
識なき愛は暴力にも似たり。ペンは剣よりも強しと己を律す。
天然猫肉汁アリス缶詰
この記事を読んだ瞬間、沸き上がってきた感動を、自分なりに消化して(したつもりで)心のままに書いたら、あらあら不思議と、こんなんになっちゃいました、御免なさい。
へどばん殿下の、個々の作品への想いや、エロ漫画読みとしての姿勢や、はたまたご多忙にもかかわらず送ってくださるメールでの感想等々で、私は、その根源的に異なる部分にこそ、自分を見つめ直す好き師として思いっきり崇拝させていただいているのですが、今回は、私の変わり者ぶりを披露するつもりが、完全に言葉足らずだったようで、本意ではないとはいえ結果として殿下を傷つけてしまったことに対して、懺悔の言葉もございません。
ホントに御免なさいです。こういう文章しか綴れない自分にマジでムカツイテ、ちょっと自己嫌悪。
もし自分に法を定める権利があるなら『エロは正義』だと説く、ということと、二次元を狭い了見で弾圧するな!ということを、言いたかっただけで、善悪の価値基準に対しての考え方自体は全くもって殿下と同様だったのですが…。
文面を拝見した感動と興奮で先走り、混乱を招くような、不親切で意味不明な文章を綴ってしまい、穴があったら入りたい気分ですが、おいらの入れるサイズの穴ボコはちょっとないなあ…。
ひとのことをとやかく言うまえに、稚拙すぎる自分自身を先ずはなんとかしなくては、ですね。
識なき愛は暴力にも似たり。ペンは剣よりも強しと己を律す。
天然猫肉汁アリス缶詰
No title
いや、こちらこそ何か色々と誤解を招いたようで申し訳ありません(汗
「自分の考えとは違うな」とは思いましたが、自分と違う意見があることを否定する程料簡は狭くはないですし、ましてやアリス缶詰さんの真摯なご意見で傷ついたりなぞ全くしていないので、お願いですからあまり気にしないで下さいな。
貴兄のエロ漫画への愛情は僭越ながらよく存じ上げていますので、エロ漫画に関するご意見にしっかりした基盤と自覚があることは分かります。その意味するところはしっかり受け止めて賛同しておりますので、僕としてはむしろお礼をしっかりと申し上げるべきだったなと反省しております。
当方のヒヨッコぶりを笑って許して頂ければこれ幸い。
不肖の弟子より敬愛する師匠へ
へどばん
「自分の考えとは違うな」とは思いましたが、自分と違う意見があることを否定する程料簡は狭くはないですし、ましてやアリス缶詰さんの真摯なご意見で傷ついたりなぞ全くしていないので、お願いですからあまり気にしないで下さいな。
貴兄のエロ漫画への愛情は僭越ながらよく存じ上げていますので、エロ漫画に関するご意見にしっかりした基盤と自覚があることは分かります。その意味するところはしっかり受け止めて賛同しておりますので、僕としてはむしろお礼をしっかりと申し上げるべきだったなと反省しております。
当方のヒヨッコぶりを笑って許して頂ければこれ幸い。
不肖の弟子より敬愛する師匠へ
へどばん
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『鬼畜・陵辱エロから純愛エッチまで全てのエロには必ず汚れている部分があると思っています』という、へどばん殿下の信念を根底から覆すようで申し訳ないけど、人間は文化をもったその日から汚れることを運命づけられた生き物なんだと、私はつくづく思うのです。
生まれてきたばかりの赤子ははたして、純粋に動物なんだけど、社会がまがいなりにも集団生活を存続させるために、教育という名で押しつけられるモラルこそが、人間の『汚れ』であり『歪み』なんだと思います。
人が生物として純粋でいられないのは、このモラルに万人が抗うことなく縛られているからだと思うのです。
人間は本来、残忍な生き物です。モラルの意味を理解できない子供はときとしてバッタの手足をむしったり、カエルの肛門に棒を突っ込んだりして無邪気に遊びます。イヴが蛇にそそのかされて神の果実を食べてから生まれた知恵という名の欲望は、人間に背負わされた永遠の罰なんじゃないかと考えたりします。仏教で言うところの煩悩こそが、人間の最大の美徳であると、私は常々思ったりしてます。この残酷で美しい世界で、モラルこそが人間が背負わされた十字架であると、よこしまかもしれませんが思うのです。
『ファンタジーが歪みや汚れを抱えるのは、とりもなおさずその写し鏡である現実そのものも汚れている部分を持つからに他ならないからではないでしょうか』という殿下のご意見はもっともですが、人間が社会の一員としてモラルを遂行する以上、それは致し方ないことなのです。
『ファンタジーとしてのエロを綺麗なものとしてのみ全肯定する人も(あまりいないと思いますが)、その対極に過ぎないと思うのです』というお言葉は多分に私に向けて贈っていただいたようなものですが、私は当然のごとく現実でのエロも、人間にとって、もっとも美しい美徳のひとつとして全肯定させていただきます。
ただし善悪については、人間がそれぞれの時代のそれぞれの風習に基づき、身勝手に定めた変動する戒律なので、ここでは敢えて触れませんが、エロ漫画を読むことに善悪を持ち出す方が、よほど罪だとひと言残し、この場はお茶を濁す所存。
問題は法が求める律ではなく、各々が生きてきた過程に於いて学んだ自らの道徳観念ではないでしょうか。
愛も暴力も人間の原初的欲求として遺伝子に組み込まれた定めなら、それと真っ正面から付き合ってゆくことこそ自然なのではないでしょうか。
恋も嫉妬も独占欲も夢想も野望も、それ自体はとても美しい想いの一体系だと思いますが、問題はそれらの感情をコントロールできず、身勝手に暴走する輩が存在するということでしょう。
そして、成年コミックスに何故『黄色い楕円マーク』が付いてるかということについて、この際これだけははっきり言っておきたいですが、他人に対して思いやりすらもてず、自分と異なるというだけで攻撃の対象にするようなオコチャマランチな方々には絶対に手を触れて欲しくない、『真に大人』な方々のための読み物だからです。
『エロ漫画が大好きな人間として、僕は決して善悪の彼岸に行ってはならず、苦しみながら善悪の此岸に留まらなければならない。そこに留まらんとする僕が頂く旗印は汚れきっていますが、その汚れ、人間とその性愛の奥深さを物語るその汚れこそ、僕にとっては誇りであり、排他的な正義や倫理に彩られた真っ白な旗印よりも何倍も優美だと信奉しています』という総括が、へどばん殿下らしくて誠に爽快でした。
根っからエロエロ星人な私が言うのはおこがましいですが、『世界は残酷で美しい。エロには決して恥ずべき成分など微塵も無いッ!』という考えをもった私のような輩も、世界には存在するという、どーしよーもない変わり者ぶりを今回も発揮して、〆
ああ…でも、ホントは肩肘張らずに楽しく読んで欲しいですよ、まともな方へなら。こんな文章を書かなきゃならない、屈折した現状こそが、大いなる罪でしょう。
文責『天然猫肉汁アリス缶詰』